ダイナミックスティルネスと「Eye of the Needle」

かつて「ロングタイド・ジャンキー」と呼ばれていた私が探求していること。。

フランクリン・シルズ(BCST)とピーター・リヴァイン(SE™)という、身体療法の二大巨頭が同じ「針の目(Eye of the Needle)」という言葉を使っているのは、決して偶然ではないように思います。

結論から言うと、両者は「生と死の境界線にある、極めて微細でパワフルな通過点」を指していて、概念として非常に近い、あるいは同じ現象の異なる側面を見ていると言えます。

それぞれの文脈での意味を整理してみます。


1. クラニオ・バイオ(シルズ)の「針の目」

シルズの文脈では、ロングタイドを超えて、さらに深いダイナミック・スティルネス(動的静止)へと向かうプロセスで使われます。


意味:個人の「エゴ(自己)」や「身体的境界線」が消え、宇宙的な源泉(Breath of Life)へと還る転換点です。

体験:非常に狭い、あるいは非常に凝縮された「静止の瞬間」を通過するような感覚。それを通り抜けると、個別の悩みやトラウマを超越した、広大無辺な静寂が広がっています。

クライアントへの影響:ここを通ることで、生命の「オリジナルの設計図」にリセットがかかります。


2. SE™(ピーター・リヴァイン)の「Eye of the Needle」

SE™のマスタークラスで扱われるこのワークは、特に「死の恐怖(死に直面した体験)」や「深い解離」からの回復に特化した高度なワークです。


意味:神経系が「死の淵(不動状態・シャットダウン)」にまで追い込まれた時の、そのギリギリの境界線を指します。

体験:恐怖による「凍りつき」と、生命の「静止」は紙一重です。マスタークラスでは、この「針の目(死の淵)」を意識的に通り抜けることで、神経系に閉じ込められた莫大な生存エネルギーを解放し、再び「生」へと統合し直します。


3. 両者の共通点と関係性

この2つを繋げると、トラウマに対する深い洞察が得られます。


摂食障害の方がいらっしゃっとして。。

彼にとって、「食べる(受け取る)」という恐怖は、神経系を「死(凍りつき)」の淵まで追い込むほど強いものかもしれません。

彼の身体は、生存のためにSE™的な「針の目」で足止めを食らっています(恐怖で固まっている)。

 しかし、そらとりで提供するクラニオのバイオダイナミクス的な「針の目」(安全な静止)を一緒に通過することができれば、彼の「死の恐怖(凍りつき)」は、「生命の源への回帰(ダイナミック・スティルネス)」へと変容する可能性があります。


かつて「ロングタイド・ジャンキー」とよばれていた私の役割

Karunaで学んだことは、この「針の目」を安全に通過するためのナビゲーターの資質。

クライアントが深い恐怖(針の目)に直面しているとき、プラクティショナー自身がロングタイドを超えてスティルネスに安住していれば、その「針の目」は恐怖の出口ではなく、「新しい生命が誕生する入り口」になると思います。


「死ぬほど怖い場所」が「最も安らげる場所」へと反転する瞬間。

それが「針の目」を通過するということではないのでしょうか?



独り言ですが。。


そらとり神経調律専門サロン

脳脊髄液の循環改善やポリヴェーガル理論に基づく最新の自律神経系の調整により、 あなたの中にある「自然治癒力」が本来の力を発揮しやすい状態に導くサロンです。 ポリヴェーガル理論、ソマティックな心理療法、発達性トラウマ、愛着、クラニオセイクラルセラピー・バイオダイナミクスなどの情報を中心に発信していきます。

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